東京地方裁判所 昭和41年(特わ)747号 判決 1970年5月27日
本籍
東京都江東区深川新大橋三丁目四番地
住居
右同
鮮魚仲買業
伴三喜男
大正七年二月二〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官屋敷哲郎・弁護人斉藤尚志出席の上審理して、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役六月及び罰金一二〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都中央区築地五丁目所在の東京中央卸売市場内に店舗をもち、生鮮水産物の仲買業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れる目的をもつて、売上を除外して架空名義の銀行預金を設定する等の不正な方法により、所得を秘匿したうえ
第一、昭和三八年分の実際所得金額は、三七、六四八、三九七円でこれに対する所得税額は二〇、一一二、三九〇円であつたのにかかわらず、同三九年三月一六日、同都中央区新富町三丁目三番地所在の京橋税務署において、同税務署長に対し、右年分の所得金額が四、三一三、一二〇円で、これに対する所得税額が一、二三二、八八〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、よつて、右年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一八、八七九、五一〇円を免れ
第二、昭和三九年分の実際所得金額は、三五、三七一、五六九円でこれに対する所得税額は一八、五七七、七二〇円であつたのにかかわらず、申告期限の延長承認を受け同四〇年三月三〇日、前記税務署において同税務署長に対し、右年分の所得金額が三、八二七、六七九円でこれに対する所得税額が一、〇三四、六八〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、よつて右年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一七、五四三、〇四〇円を免れ
たものである。
(所得金額の確定内容は、別紙一、二の各修正貸借対照表の、税額計算は別紙三の各記載のとおりである。)
(証拠の標目)
略語例
(大) = 大蔵事務官に対する質問てん末書
(検) = 検察官に対する供述調書
(上) = 上申書
(回) = 回答書
一、 被告人の当公判廷における供述
一、 被告人の(大)三通、(上)二通、(検)二通
一、 証人緒方多賀雄の当公判廷における供述
一、 三上正幸の(検)二通
一、 川村政次郎の(大)
一、 石塚知一の(大)
一、 石井好市の(大)
一、 北原利男の(上)
一、 小島勇の(上)
一、 兼松冷蔵株式会社の(回)
一、 松崎清の(回)
一、 荒井勝治の(回)
一、 畑中英雄の(回)
一、 河合喜之助の(回)
一、 竹田公郎の(回)二通
一、 原松平の(回)
一、 桜井良雄の(上)二通
一、 吉田富治の(回)
一、 池田喜久三の(回)
一、 米川優の(上)
一、 大島年明の(上)
一、 日比野昭次郎の(上)
一、 石塚知一の(上)
一、 東京都水産物仲買人組合の(上)
一、 大蔵事務官作成(以下同様)の現金有価証券等現在高検査てん末書三通
一、 必要経費調査書
一、 前受割引料収入調査書
一、 簿外預り金残高調査書
一、 当座預金残高照合表
一、 銀行調査書
一、 青色申告承認取消通知書写
一、 建物取得調査書二通
一、 税額計算書
一、 押収してある以下の証拠物件(当庁昭和四二年押第六九号、頭の数字はその符合番号)
1 請求書領収証綴(昭和三十七年分)一綴
2 同 (同三十八年分)一綴
3 同 (同三十九年分)一綴
4 同 (同四十年分)一綴
5 売買帳(No.1の分)二一冊
6 同 (No.2の分)八冊
7 売上記入帳三綴
8 売上帳(市場関係)一綴
9 銀行勘定帳(36・2・1~37・3・31)一冊
10 同 (39・1~39・12)一冊
11 当座勘定帳(平和、平川武雄)一冊
12 金銭出納帳(日本相互/菊川、伴三喜男)一冊
13 代手取立記入帳(平和相互)三冊
14 所得税源泉徴収簿(三十九年分)一綴
15 同 (三十六年度以降)一綴
16 代金取立手形通帳四冊
17 譲渡契約書及関係書類一綴
18 現金出納メモ一綴
19 凍結料金請求書等綴一綴
20 手帳(社長用)一冊
21 調停調書正本等一袋
22 売上帳(市場関係)二冊
23 金銭出納帳二冊
24 元帳二冊
25 青色申告書綴一綴
26 所得税確定申告書等綴一綴
27 所得税確定申告書綴(昭和三十七年分)一綴
同 (同三十八年分)一綴
同 (同三十九年分)一綴
松原徳治に対する売掛金明細書一綴
法人税決議書綴一綴
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人の主張
(一) 昭和三八年分の期首に前渡金(借方)三〇、〇〇〇、〇〇〇円、元入金(貸方)三〇、〇〇〇、〇〇〇円が計上さるべきである。その内訳は次のとおりである。
被告人は、有利な価格で鮪を仕入れるために、自己資金(元入)の現金を水揚港所在の業者に前渡し、有利な時機を失しないで買付ける方法を示唆され、昭和三五年から静岡県焼津市魚市場前の魚問屋、株式会社「友商店(通称カネ友商店)に、次のとおり現金を交付した。いずれも同年四月一一日、五月一〇日、六月一〇日各金四〇〇万円、七月一一日、八月一〇日、九月一〇日、一〇月一一日、一一月一〇日、一二月一〇日各金三〇〇万円、以上合計金三〇、〇〇〇、〇〇〇円
(二) 右前渡金は、昭和三八年、同三九年において次のとおり各期中において相殺された。
(1) 昭和三八年分一三、〇六一、二五八円
これは、同年に入りカネ友商店から前記買付操作の解消を求められたため、同店より鮪の送付を受けても、右前渡金の補充のための送金をせず、仕入代金は前渡金と相殺することにしたもので、その内訳は、昭和三八年八月一日より同月二七日まで仕入れた分六、二四三フイレ(一フイレは鮪一尾を処理し、二枚に分けて重ねたもの。)一五七、八三六・七キログラム仕入単価一一一円/キログラムで合計一七、五一九、八六九円の仕入代金の中、四、四五八、六一一円を支払い、残額一三、〇六一、二五八円を前記相殺分とした。
(2) 昭和三九年分一六、九三八、七四二円
これは前年度相殺分の残額でこれも昭和三九年中にその対当額で前同様カネ友商店との仕入代金と相殺した。
(三) よつて(二)(1)(2)の相殺分を各所得金額より控除すべきである。
二、当裁判所の判断
(一) 前渡金、元入金の過年度金額について
弁護人主張の前渡金三〇、〇〇〇、〇〇〇円が真実カネ友商店に交付されたか否かについては、右主張にそう被告人の供述があるのみで、カネ友商店関係の帳簿類(符32号)や同店の代表者の証人服部敏男の証言によつてもこのような前渡金が存在したとは認められない。仮りに所論のように、昭和三五年中に何がしかの前渡金が存したにせよ、それは魚を買付ける代金の前渡しに他ならず、しかも被告人は、カネ友商店とはその後も継続して取引をし、そのつど代金決済をしていたことが明らかであるから、昭和三八年度期首に、右の前渡金(借方)、元入金(貸方)がそのまま繰越されるということは、特段の事情がない限り考えられないことなのであり、この点に関する被告人の供述はあいまいである。昭和三五年に存したことを前提とする本件各年分の前渡金、元入金に関する弁護人の主張事実はにわかに認め難いのである。この点において弁護人の主張は失当たるを免れないが、もしもこれが存在したことを仮定して、以下に相殺の点につき判断をすすめる。
(二) 判示各年分の前渡金の当期減少の有無について
弁護人主張の相殺の点も次に述べるように、客観的な資料とも相容れず、全く理由のないものである。
(1) まず昭和三八年八月中のカネ友商店からの仕入及び代金決済状況について検討するに、まず仕入が六、二四三フイレ、一五七、八三六・七キログラムであること及び同年九月一一日四、四五八、六一一円を右代金の一部として平和相互銀行本店平川武雄名義の当座預金をもつて支払つたことは、証拠上明らかである。
ところで符11号の記帳
年月日 摘要 支払金額
38.8.24 現払焼津友 8/2~8/15迄ヨリ鉢,鉢F代 15,149,138仕
38.9.11 現払焼津友 8/22~24分ヨリ鉢F代、鉢F 4,458,611仕
の部分と、証拠上明らかな、被告人が同年八月二四日に前同様平川武雄名義の当座預金をもつて一五、一四九、一三八円を支払つた事実をあわせ考えると、八月二四日支払分は、カネ友商店に対する同月分の仕入代金の支払としてなされたことが認められ、前渡金と相殺したのではない。
さらに、弁護人が主張する鮪の仕入れ単価キログラム当り一一一円も同月分に関する限り相当ではなく、八月二四日支払分のキログラム当りの総平均単価は一三〇円と推計されるし、同月中の同単価は一二四円とならなければならない。すなわち九月一一日支払分の仕入金額のキログラム当り単価は、一〇五円、一三〇円、一四五円であることが符2号の綴中“焼津「友仕入倉前渡”と題するメモ記載
8/22 ヨリ鉢F 75枚 N 1,568kg 145 227,360円
8/24 鉢F 1,492枚 N38,0287kg 105 3,993,013円
〃 ヨリ鉢F 72枚 N 1,8326kg 130 238,238円
計 友 4,458,611円
によつて明らかである。
従つて八月二四日の同単価は、
8月中の仕入数量 157,836.7
上記のうち9月11日支払分仕入数量 一) 41,429.3
8月24日支払分仕入数量 116,407.4 (kg) ………<1>
8月24日支払金額 15,149,138 (円) ………<2>
<2>÷<1>=130円/kg
により一三〇円となる。(なお八月中仕入分の総平均単価は一二四円になる。)
このように、右証拠による限り、弁護人主張の相殺債権の対当金額も正確でなく、相殺の事実さえ認められないのである。
(2) 被告人は、符2号の綴中南協冷蔵の領収証(38・9・4付)、保管料請求書(38・8・31付)に“9/11整理済”の赤エンピツ記載があり、これは前渡金と相殺した関係を意味するものである旨供述するが、右請求書には仕入代金の記載はなく、保管料金の明細が記載されているのであり、“整理済”が直ちに相殺を意味するものとは文言上理解し難いのみならず、同旨の記載は他の保管料請求書(38・7・31付)にもみられるし、カネ友商店関係の仕入とみられる昭和三八年四月二八日及び同年五月五日~一六日の分にも“5/26整理済”の記載がみられるのであり、これらも相殺を意味するという証明はないし、仮りに弁護人主張のキロ当り一一一円で仕入れたとして試算するならば、“整理済”分だけで優に三、〇〇〇万円を超えて了うのである。
(3) 昭和三九年分の相殺関係につき(そもそも昭和三八年分の自動債権額の主張自体不合理であり、その残額の昭和三九年分もまた不合理にならざるを得ないにせよ。)、弁護人及び被告人は、相殺に供したところのカネ友商店からの仕入代金債務を具体的に主張立証しないのであり、認容の余地がない。
(三) 本件は財産増減法による立証によつてほ脱所得金額を確定した事案であり、財産増減の原因を個々的にすべて把握しているわけではないから、過年度の金額が当初増減金額に混入されるような可能性のあるものは、これを控除しなければならないにせよ、弁護人及び被告人の反証は上述したとおり、不合理でかつ客観的な物証とも相容れず、以上のとおりで弁護人及び被告人の主張は採用できない。
(法令の適用)
判示各事実につき昭和四〇年法律第三三号所得税法附則三五条により改正前の所得税法六九条(懲役と罰金を併科)。
併合罪加重につき刑法四五条前段、一〇条、四八条二項
換刑処分につき刑法一八条。
刑の執行猶予につき刑法二五条一項。
訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 小島建彦)
別紙一 修正貸借対照表
伴三喜男 昭和38年12月31日
<省略>
<省略>
別紙二 修正貸借対照表
伴三喜男 昭和39年12月31日
<省略>
<省略>
別紙三 税額計算書
<省略>
資産所得合算のあん分税額の計算
1. 昭和38年分
被告本人の配当所得 被告人の妻の不動産所得 被告人の資産所得以外の総所得 所得控除 総所得
1,359,430+203,000+36,288,9-61-350,900=37,500,400
上記総所得に対する税額……20,523,260
配当控除……101,957
あん分の基礎となる税額……20,421,303
あん分比率……994 1,000
あん分税額……20,421,303×994 1,000=20,298,775
2. 昭和39年分
被告本人の配当所得 被告人の妻の不動産所得 被告人の資産所得以外の総所得 所得控除 総所得
1,840,582+203,000+33,530,987-360,900=35,213,600
上記総所得に対する税額……19,036,840
配当控除……138,043
あん分の基礎となる税額……18,898,799
あん分比率……994 1,000
あん分税額……18,898,797×994 1,000=18,785,404